「『それじゃ、楽しんで来てね』…と。よしっ」


 送信ボタンを押して、携帯を閉じた。と。
「おはよう桜川」
「あ、華原くん!おはよう」
 ちょうどエレベーターから出て来た華原くんと鉢合わせした。
「どこか出掛けるの?」
「うん。ちょっとシュタインの散歩がてらね」
 雅紀がにっこりと笑って足元にいる友人を見ると、その友人が「ワン!」と一声鳴いた。
「あはは。よかったね、シュタイン」
 その場に屈んでシュタインの頭を撫でるヒトミを見遣る。
「…、桜川も良かったら一緒に行く?」
「え?」
「いや…ほら、前はよく一緒に散歩してたし、どうかなって思って」
 雅紀はそう言いながら、心の中で笑った。無意識に出た言葉に桜川以上に自分が驚いたからだ。
「えーっと…それじゃお言葉に甘えて…」
 ヒトミがそう言いかけた、その時。ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。

 ディスプレイに無機質に写っているのは『一ノ瀬蓮』の文字。
 それだけで、通話ボタンを押す指が緊張する。
「…もしもし?」
『桜川か?』
 電話特有の少し篭ったような声が聞こえて来る。
「あ、桜川です」
『…分かっている』
 今そう聞いただろう。
 呆れたような、溜息混じりに一ノ瀬さんが言う。
「うっ…。そうですよね…」
 またやってしまった。一ノ瀬さんと話すと(いつもより)ドジを踏んでしまうのは何故だろう。
『今、何かしていたか?』
「あ、えっと…」
 そう言いかけたヒトミと目が合った。
 気付かれないように小さく溜息を落として、彼女に向き直った。
 シュタインが小さく鳴いた。
「…それじゃ、桜川。俺そろそろ行くよ」
「あ、ごめんね」
「あぁ、別にいいよ。…デートはまた今度。じゃあね」
 にっこりと手を振って玄関へ向かう華原くんに首を傾げる。
(いつもの華原くん…だよね?)
 なんとなく笑顔に違和感を感じたのは気のせいだろうか。

 玄関に向かっていた雅紀はふっと笑った。
(…さっきの俺の声、向こうにも聞こえただろうな)
 後で八つ当たりされるだろう桜川には悪いけど。
「…俺だって桜川を諦めたんだ。…このくらいはさせてもらわないとね」
 そう呟いて、シュタインと共に走り出した。


 その頃。ヒトミは大好きな恋人とラブラブトーク…をしていた訳ではなく。
『………』
「………」
『………』
「………」
 この状態がかれこれ3分ほど続いて。
『………ヒトミ』
「…、はい」
 ヒトミは返事をしながら頭をフル回転させた。
 何故、一ノ瀬さんは怒っているのだろうか。
 さっきまで和気あいあいと(まではいかないが)話をしていたはずなのに。
『今の、華原か』
「え?あ、そうですよ」
『…デートって何のことだ』
「え?」
 デート…?そんなこと言ってたかな…、……あ。あれかな?
「一緒に散歩しないかって誘われたんですよ」
『………何?』
 後に。この時「シュタインの」と付け足さなかったことを後悔するのを今のヒトミは知らない。

『……ヒトミ』
「はい?」
『今、どこにいる?』
「え?えっと……1階の廊下ですけど…」
『そうか。ちょうどいい。そのまま俺の部屋に来い』
「へ?一ノ瀬さんの部屋に、ですか?」
 思わず言葉を繰り返す。
『あぁ。…何か用事でもあるのか?』
 電話口から聞こえる怪訝そうな声に慌てて首を振る。
「いえ…別にないですけど…」
 そう続けた、次の瞬間。

「『けど何だ』」
 電話口と後ろから、愛しい人の声。

「へ!?」
 驚いて振り向くと、携帯電話を持っている蓮が立っている。
「い、一ノ瀬さん!?どうしてここに…」
「『聞きたいことがあってな』」
 電話口と目の前の人から同じ声。
「き、聞きたいこと、って…」
 蓮はヒトミの問いにふっと笑って答え、携帯電話を閉じた。

「…それは後のお楽しみだ」


 その後。
 蓮はヒトミを(強制)連行し、真相を知るや否やキスという名のお仕置きをしたのは言うまでもない。






  お仕置きを受けてるヒトミちゃんは恥ずかしくて仕方ないけど、一ノ瀬さんは途中から楽しくなってると思います(笑)
  華原くんはヒトミちゃんが好きですけど、告白はしてない片思い状態って事で(ついでにヒトミちゃんは腹黒バージョンは知らない感じで)
  一ノ瀬さんがいるので諦めようと思ってます。…って、説明がいる文章ってどうなんだ(お前だ)

  ここまで読んで下さってありがとうございました。
  2007.08.08