「…………」
目の前に座る人物の無言の圧力に耐えきれず、小さなトリスは目を逸らした。
「………で?」
彼女の兄弟子は腕を組んだままにっこりと笑った。

「この騒ぎはどういうことか説明してもらおうか、トリス」
部屋の外では慌ただしい足音が響いて、彼女を呼ぶ声が飛び交っている。
「……」
目を合わそうとしない小さな妹弟子を見遣る。
まったく。この妹弟子が来てからというもの、なにかとトラブルが絶えない。
(……本当に、どうして師範はコイツを連れて来たんだ)
トリスが来たばかりの頃、僕は師範にそう尋ねた。
『…何故そんなことを聞くんじゃ?ネスティ』
『だって…』
だって、師範。僕には分かるんだ。アイツは。
『アイツは…』
『…なぁ、ネスティ』
僕の言葉を黙って聞いていた師範は困ったように笑った。
『あの子はな、トリスというんじゃよ』
僕の頭をゆっくりと撫でながら。
『お前の妹弟子じゃ。仲良くしておくれ。あの子には…』
そっと目を伏せて。
『…あの子には、お前しかおらんのじゃから』
「……」
「……はぁ」
いつまでも無言のトリスに諦めたように溜息をついた。
師範が言っていたのはこのことだろう。コイツが何かしでかしたら、兄弟子である僕が後始末をしなければならない。
どうしてコイツを助けなくちゃならないんだ。
――『お前ら』は助けてくれなかったのに。
「…何をしたかは知らないが、とりあえず謝って…」
「いやッ!!」
「!?」
ネスティの言葉を遮ってトリスが叫んだ。
彼女が声を荒げるのはとても珍しく、不覚にもネスティは固まった。
「あたし悪いことしてないもん!!」
「…トリス。言うことを聞け。僕も一緒に行ってやるから」
「やだ!!」
「――ッ我侭もいい加減にしろ!!!」
そう怒鳴って、しまったと思った。
目の前の少女が泣きそうな表情をしていたから。
「…トリ「ッ絶対謝らない!!」
そう叫んで、トリスは部屋を飛び出した。
「……はぁ…」
本日2度目の溜息をついた。あれが、本当にクレスメントの一族の末裔なのか?
我侭で、人の気も知らないでへらへら笑ってるだけじゃないか。
そこまで考えて、ふとあることに気付く。
(…そういえば)
いつもなら僕が謝れと言うとぶつぶつ言いながら謝るのに、どうして今日はそうしないのか。
…思えば、今日のトリスはいつもと様子が違ったような気がする。
「……」
ネスティは少しばかり思案して、部屋を出た。
「…どこに行ったんだ」
廊下を歩きながら呟く。派閥に来て数ヶ月は経ったとはいえ、トリスが知っている場所は限られているはずなのに。
「ッやだ!」
「!(トリス…!?)」
声が聞こえた方を見れば、隅で見覚えのある数名に囲まれているトリスの姿が。
(あれは…僕と同じクラスの…)
「いい加減にしろよ、てめぇ!」
一人の男がぐいっとトリスの髪を引っ張る。
(!何をしてるんだ…ッ!)
急いで駆け寄ろうとした瞬間、トリスの声が響いた。
「ネスに謝ってよ!!」
「はぁ!?あんなロボットみたいなヤツのことまだ言ってんのかよ!」
「!」
『ロボット』
彼らが融機人(ベイガー)のことを知らないと知っていても、つい反応して歩みを止めた。
違わない。僕は融機人。…人間からしたら、ロボットと同じようなものなのだから。
「ネスは優しいもん!」
突如。響いたのは、妹弟子の声。…まるで、泣くのを我慢しているような。
「あたしをちゃんと見てくれるし、ちゃんと出来たら褒めてくれるもん!」
指先が白くなるまで拳を握りしめて、彼らから目を逸らさずに。
「だから謝って!!」
――あぁ、そうか。
(僕は今、彼女に守られているのか)
あの小さな体を、小さな手を精一杯広げて。
僕を。
瞬間。
頭の中で、何かが弾けた。
「…すまないが」
気付けば、トリスの前へと立っていた。
「…僕の妹弟子を泣かさないでくれないか」
僕がそう睨むと、彼らは苦虫を噛み潰したような顔をして足早に去った。
「…」
くるりと後ろを振り返るとトリスが大きく目を見開いていた。
「トリス」
膝を折って、彼女と目線を合わせる。
こんなにも小さいのに。彼女は。
「…ご、ごめんなさい」
不意にトリスが呟くように言った。
「…どうして謝る必要があるんだ?」
「…ケ、ケンカしちゃったから」
今にも泣き出しそうなトリスの頭を撫でると、不思議そうにこちらを見た。
「ネス…?」
「君は僕を庇ってくれたんだろう。…謝らなければならないのは僕の方だよ」
君が何を思ってたかなんて、僕は知らずに。
「…すまなかったな。君の言い分も聞かずに怒鳴って」
「〜〜っ!」
首を振る妹弟子に笑いかける。
「…ありがとう」
ありがとう。こんな僕を守ってくれて。
君を助けることを、僕は一瞬でも戸惑ってしまったのに。
(…でも、)
もう迷わない。大事なことを見失わない。
…たとえ、君が。裏切り者の『調律者(ロウラー)』だろうが。
君が君自身のことを知っていても知らなくても構わない。
僕は、君の兄弟子なのだから。
(そういえば…)
『あたしを見てくれる』
あの言葉はどういう意味だったんだろう。
『…あの子には、お前しかおらんのじゃから』
師範の言葉と、彼女の言葉の『本当の意味』が分かるのは。
もう少し、先の話。
子ネストリ!(どーん)
トリスは小さい頃からネスラブだけど、ネスは色々複雑でちょっと嫌ってればいい!そんで、ちょっとずつ好きになってけばいい!
タイトルが全然浮かばなくて(苦し紛れで)お題に急遽変更したんですが、無理矢理感たっぷりですね!玉砕!
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2009.01.20
