「・・・・・・・・。」
全身から流れる嫌な汗を感じながら、その気配がする後ろを振り返る。
そして。
「っぎゃぁぁぁぁ!!」
…悲鳴が、フロア中に響いた。

「…は?ゴキブリ…スか?」
廊下を歩きながら隣りのヒトミに聞く。
「そうなの!!」
ヒトミは剣之助の言葉にコクコクと頷いた。
「今日に限ってお兄ちゃんは大学の手伝いでいないし、もう本当にどうしようかと…!!」
「……はぁ」
勢いよく話す先輩に遠慮がちに相槌を打つ。
先ほど外出先から帰った剣之助は、すごい形相で走って来る恋人に出会ったかと思うと有無を言わさず引っ張られて来られた。
(…先輩、ゴキブリ苦手なのか。…意外だな)
結構平気そうなイメージなのに(というか、新聞紙片手に格闘出来そうだ)
「……剣之助」
「はい?」
「その…いきなり引っ張って来ちゃってごめんね」
「………」
さっきまで勢いよく話してた先輩が申し訳なさそうに項垂れる。
律儀というか、先輩らしいというか。思わず笑みが零れる。
「別に大丈夫っスよ。別に用もなかったんで」
その言葉にほっとしたように笑う先輩に、また笑みが零れた。
「で、どこにいたんスか?」
玄関に入って、俺の後ろに隠れている先輩に聞く。
「だ、台所…」
「台所スね」
「気を付けてね、剣之助!」
隠れたままガッツポーズをする先輩を一瞥して。
(………何か)
別の事の方が気を付けなきゃいけない気がする。
カサ。
「…っ!!!」
「いそうな音、したっスね」
ヒトミはもう汗ダラダラだ。
「えっと…確かこの辺から…」
「さ、探さなくていいから!!!」
「…いや、探さないと退治出来ないんで」
若干混乱しているヒトミに剣之助は苦笑気味に答えた。誰がどう聞いても正論だ。
「で、でも…」
カサッ。
「あ」
「………っっ!!!!」
2人の目の前にあの、黒光りする虫が出て来た。
剣之助が新聞紙を丸めて振りかぶった、その時だった。
「っいやぁぁぁぁぁ!!」
「っわ!?」
限界地点を突破したのだろう。後ろに隠れていたヒトミが思いきり腰にしがみついた。
危うく剣之助はバランスを崩して例の虫を踏み潰す所だった。さすがにそれは我慢出来ない。
「ちょっ…せ、せんぱ…」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」
完全に混乱しているヒトミは剣之助の声に気付く訳もなく、彼の腰にしがみついたまま叫んでいる。
「………」
たまにはゴキブリもいい働きをするな、と思わず心の中で感心する。
こんなに混乱している先輩の前では口が裂けても言えないが、俺だって健全の男だ。彼女のしがみつかれて嬉しくない訳がない。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」
(……まぁ、先輩はそれどころじゃないだろうけど…)
力の限り叫んでいる先輩を一瞥して苦笑する。
多分、このフロア全体に先輩の声が響いているだろうと思いながら。
「…大丈夫スよ、先輩」
先輩の背中を優しく撫でる。
「怖いなら目閉じてて下さい。すぐ済みますから」
コクコク頷く(愛しい)恋人を腰にくっつけたまま、剣之助は持っていた新聞紙を黒光りする背中に振り下ろした。
「うぅ〜」
「…先輩…。もう退治したんスから、そんなに泣かなくても」
丸めた新聞紙をゴミ箱に捨てて溜息をつく。
「そ、そうだけど…!あの背中が目に焼き付いて…!」
「……」
そう熱弁する先輩を見遣って。
「先輩、先輩」
「それで……って何?」
「いいから」
先輩を手招きする。
「剣之助?」
不思議そうに俺を覗き込む先輩ににっこりと笑って、先輩の頭を引き寄せた。
「け――…」
ヒトミの、口の塞がれた。
「な、なな…」
「今は」
真っ赤になった先輩を腕の中に引き入れて。
「俺の事だけ焼き付けてくれると嬉しいんスけど」
その後。
腕の中の先輩を巡って理性と本能が葛藤することになるのは、もう少し後の話。
初のお題挑戦。ぽちぽちと更新したいと思います。
そして2作目の若小説です。……想像と妄想で!(またか)剣ヒトも好きだ!
若は常に本能と葛藤してそうなイメージが(笑)結局、ヒトミが落ち着くまで我慢しまくるんでしょうね。……頑張れ若!
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2007.05.16
