目を離せない愛しい君。
いっそ、お前は俺のものだという印(しるし)でも付けようか。

「うっ…うっ…」
「……」
「うっ…ひっく…」
「………おい」
端正な顔をひくつかせながら、目の前でぽろぽろと大粒の涙を流す愛しい恋人を見遣る。
「いつまで泣いているつもりだ」
「うっ…だ、だって…」
ヒトミはズッと鼻を啜りながら蓮を見た。
「あ、あんなに感動すると…お、思わなかったんですもん…」
蓮とヒトミは映画館に来ていた。
メディアで話題の恋愛映画を見たのだが、よほど感動したらしいヒトミがボロ泣きをしてしまったのだ。
さすがに見兼ねた蓮が彼女を連れ、近くの喫茶店に入って現在に至る。
「俺が泣かしているみたいだろう」
「ひっく…す、すいましぇん…」
「……はぁ。…まったく」
小さく溜息をついて、ヒトミの涙を拭う。
「目が腫れても知らないぞ」
「ひゃい…」
「…ん?」
ヒトミの肩越しに店を見つけた。映画のアクセサリーのレプリカなどを売っている店だろう。
「……」
確か、映画で主人公がラピスラズリのネックレスを付けていたか。
「…ヒトミ。ちょっと待ってろ」
「…?はい」
こくんと頷いたヒトミの頭を軽く撫でると蓮は席を立った。
店中の女性の視線を集めて店を出る蓮を見遣って、少し冷めたココアを一口飲む。
「どうしたんだろう?一ノ瀬さん…」
…もしかして、怒らせてしまっただろうか。
そんなことないと首を振ってココアを飲み干す、と。
「君、一人?」
「はい?」
声がした方を振り返ると知らない男が立っていた。
「お、ラッキー!結構可愛いじゃん」
(だ、誰!?)
「俺さー今すげぇ暇なんだよね。一緒に遊ばね?」
「(もしかして…絡まれてる?)…いえ、あの、人を待ってるので…」
「あ、友達?じゃ、俺のダチも呼ぶから4人で遊ぼうぜ」
男はヒトミの前――…さっきまで蓮が座っていた席に座るとニヤニヤしながら続けた。
「…いえ、あの…」
「いいじゃん、俺アンタみたいなのタイプなんだよね〜」
ニヤリと笑い、男がヒトミの手を握る。
全身に、鳥肌が立ったような気がした。
「っや…!」
思わず男の手を払いのける。
「っ…てめぇ…!」
男がヒトミを思いきり睨んだ。怒らせてしまったのだと分かったが、もう遅かった。
「人が下手に出りゃいい気になりやがって…!」
「っ!」
男が手を振り上げるのが見え、ヒトミは反射的に目を瞑った。が、一向に衝撃が来ない。
ヒトミが不思議に思った、その時。
「何をしている」
「なっ…!?」
「!」
いつの間に帰って来たのか、蓮が男の手を掴んでいた。掴まれた手を振り払い、男が蓮を睨む。
「何すんだ、てめぇ!」
噛み付く男を無視して呆然としているヒトミの元へと歩く。
「遅くなってすまなかった。大丈夫か、ヒトミ」
「あ…はい…平気です」
いつものようにへらっと笑って、俺が差し出した手を取る。
「!」
彼女の手は、微かに震えていた。
「あ、あれ?おかしいな…」
あははは…と誤魔化すように笑うヒトミの手を握りしめる。
「い…」
「…一人にして悪かった」
「…っ!」
握られた手の温度に、優しく笑う一ノ瀬さんの言葉に。
安心感から、涙がこみ上げた。泣くつもりじゃ、なかったのに。
「〜…ふぇ…っ…」
泣きながら俺の袖を握る愛しい、愛しい彼女。きっと、ずっと不安で泣きたかったのだろう。
「待てよ!てめぇら!」
後ろで騒ぐ男を無視し、喫茶店を後にした。
近くの噴水のベンチに彼女を座らせ、隣りに座る。彼女はぽろぽろと涙を流していた。
「っ…怖か…っ…」
「…あぁ、もう大丈夫だ」
優しく笑って、ヒトミの頬に触れる。彼女を一人にしたのを心底後悔した。
「…っ手とか、握られて…き、気持ち悪かっ…」
「…………………何?」
手を、握られた、だと?
眉をひそめた蓮に気付いたヒトミは、すぐさま言ったことを後悔した。
これは、どう見ても怒っている。しかも、かなり。誰にでも喧嘩を売りそうな気迫だ。
「あの、一ノ瀬さん…」
全然大丈夫でしたから、と続くはずの単語は彼によって言葉になる機会を失った。
「――ヒトミ。どっちの手を握られた?」
「ぅへ!?」
思わず彼女の声が裏返ったが、彼女の挙動不審にも慣れているので気にせず続ける。
「どっちだ?」
「み、右手…です…けど…」
「そうか」
蓮が短く頷いた。次の瞬間。
「いっ、一ノ瀬さん!?」
ヒトミの頬が真っ赤に染まる。
それもそのはず。蓮がヒトミの右手を引き寄せ、唇で触れたのだ。
手の甲、手の平、指先、次々と触れながらヒトミから視線を逸らさない。
「っ…」
唇で触れられた場所が、視線で顔が、熱くなる。
「っ人が…見て…」
場所が人通り多い噴水。いつ知り合いに見つかるとも限らない、のだけど。
「…いくらでも見せつけてやればいい。お前には」
指と指の間を唇で、…舌で触れる。
「ん…っ!」
「…俺がいるってことを」
「っ蓮、さ…」
ヒトミの瞳が潤み、甘い吐息が漏れる。
(……………)
蓮は気付かれないように溜息をして唇を離した。これで無自覚だから厄介だ、と思いながら。
「……毎日でもこうやって見せつけてやれたら楽なんだが」
「うへぇ!?」
声を裏返したヒトミに苦笑する。さっきの色っぽさの欠片もない。
「…だろうな。だから、せめて…」
ヒトミの首に腕を回す。
「い、一ノ瀬さん!?」
「じっとしていろ」
耳に蓮の息がかかる。
(ち、近…っ!!…って、あれ…?)
硬直していたヒトミは、不意にひやり、と首に冷たさを感じた。
(…?首に何か…?)
視線を落とすと、綺麗なネックレスが付けてある。
銀土台に薬指ほどの大きさのラピスラズリが付いている。
…これって…。
「…さっきの映画で主人公が付けてた…」
「安物の『印(しるし)』で悪いがな。気に入ってただろ」
蓮がそう言って笑った。と。
ぼふっ!!
「なっ…!?」
突如、ヒトミが思いきり抱きついて危うく噴水に落ちる所だった。
「ヒト…!」
一言言ってやろうとしたが、思わず目を見開いた。
「…っありがとうございます、一ノ瀬さん…」
「……泣くことはないだろう」
ヒトミの瞳からは先ほど止まったはずの雫が零れていた。
「安物だ」
「や、安物なんかじゃありません!一ノ瀬さんが私の為に買ってくれたんですもん…!」
「はいはい。分かった分かった」
呆れたように笑って、丸っこい背中を撫でてやる。
しょうがない。抱きつくのはいいが場所を考えろ、という小言は後回しにしてやるか。
…というか、そんなことよりこの体勢の方が気になるんだが。
ヒトミはぎゅーっと俺に抱きついていて、目が合うと嬉しそうに笑う。
この体勢も十分目立っているのだが(寧ろこっちの方が目立っている)、本人は気付かぬばかり。
「……ヒトミ。分かってると思うが、他の男にこういうことはするなよ。というか、さっきみたいな声も出すな」
「当たり前じゃないですか!…って、さっきみたいな声って何のことですか?」
思った通り、ヒトミはきょとんと首を傾げて俺を見上げる。
「………これだからタチが悪い」
「?何か言いました?」
「……いや」
深く溜息をつく。
俺がどれだけ我慢しているか、彼女は知らないだろう。さっきの声は誘っているとしか思えない。
正直、歯止めが利かなくなる寸前だった。
(…これは…)
お仕置きが、必要だな。
「い、一ノ瀬さん?」
恐る恐る声をかける彼女に意地悪そうに笑い、ベンチから立ち上がった。
予想通り、見事に固まった彼女には素知らぬ顔。
「―――帰るぞ」
「え?も、もう帰るんですか?まだお昼ですけど…」
まだ日は高く、まだ映画しか見ていない。こんなに早く帰ることは、お互い急な用事が入らない限り滅多にないのだが。
「い、いち…」
「…さっきみたいなお前の声でどんなことになるか教えてやる」
「は?」
いまいち意味が分かっていないヒトミに、ふ…と笑う。
彼女の腕を引き寄せて、耳元に唇を寄せる。
「あ、あの…?」
「――お前の」
「ひゃ…っ!」
吐息が耳元にかかって、ヒトミは思わず声を漏らした。しかも、いつもよりずっと色っぽい声のような気が…。
構わず彼女に囁く。
「…お前のその声で、お前に触れたくなった」
「え…えぇぇぇぇ!?」
ヒトミの頬が真っ赤に染まる。さすがに鈍い彼女でも気付いたようだ(気付いてもらわないと困るんだが)
「じょ、冗談ですよね!?ね!?」
彼女の渾身の問いにニヤリと笑って。
「…時間が勿体ないな。帰るぞ」
「ほ、本気ですか!?」
これでもかと真っ赤になった愛しい彼女を連れ、二人が住むマンションの方角へと足を進めた。
その後。
どうなったのか知っているのは、当事者の蓮と被害者のヒトミだけである。
が、それから一週間。
ヒトミは首が隠れるタートルネックしか着ておらず、隣りにはそんな彼女を面白そうに見る蓮の姿があったとか。
初のラブレボです。そして無駄に長い!
蓮ヒトがラブレボで一番好きなCPです。いいじゃないかクールボーイ。一目惚れでした。
一ノ瀬さんなら何の気なしにさら〜りとプレゼントとかしてくれそうですね。
…まぁ白状すると、ちょっとエロめな一ノ瀬さんが書きたかっただけです(ぶっちゃけた!)
R18までにはいかない感じで。R18は書けません。文章力がないので!
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2007.02.08 修正・加筆
