「―――何の真似だ?」
「………」

 蓮は半ば呆然としながら目の前で――土下座をしている彼女に聞いた。


「ヒトミ?」
 頭を下げたままのヒトミに(恐る恐る)近寄る。
 確かに先日、合鍵を渡したが(当然)こんな風に土下座で出迎えてもらう為じゃない。
「どうした?言わないと分からないだろう」
「………一ノ瀬さん…」
 顔を上げた彼女は、なにやら思い詰めた顔をしている。
 本当にどうしたのか。
「あの…私…バレンタインデー何もしなくて…」
「―――あぁ、そのことか」
 床に這いつくばっているヒトミを起こしながら、小さく笑った。

 数日前のバレンタインデー。
 蓮が大学から帰った後に会う約束をしていたものの、ヒトミは運悪く風邪をひいてしまっていた。
 もちろんヒトミは約束通りに部屋に行こうとしたのだが鷹士に見つかってしまえば、どうすることも出来るはずもなく。
 デートは見事に中止となった。
 連絡を受けた蓮はすぐに見舞いに向かった。
「自己管理が出来てない証拠だ」と怒りながら、しかしずっと彼女の傍に付いていた。
 もちろんヒトミはとても嬉しかったのだが、結局その日は何も出来なかったのだ。

 俺は気にしていなかったのだが、彼女はどうやら気にしていたらしい。
「…しょうがないだろう。お前は体調を崩してたんだから」
 別に期待してなかった訳ではなかったが、そのせいで彼女が無理をして体調を悪化させるのは、それこそ本意じゃない。
「…それに俺は甘いものは好きじゃない」
 その言葉に「そうなんですよ!」とヒトミが食いついた。
「…何だ」
 …さっきまでのしおらしい彼女はどこへ行ったのか。
「私、風邪治って丸一日考えたんですよ!一ノ瀬さんにあげるもの!」
「…そうか。…で、どうして俺は胸ぐらを掴まれてるんだ…?」
「あ!すいません!思わず熱が入って…」
「……」
 喧嘩もしてないのに、彼女に胸ぐらを掴まれるヤツがどれくらいいるのか。
 少なくとも俺の周りにはいないだろう。

「で、私考えたんです!」
「あぁ」
「手料理とかどうですか!?」
 どうですかって。
「いや…嬉しいが」
 彼女の手料理は普通に嬉しいものだ。
 食べることが好きな人間は料理も上手いと言うが、彼女も相当料理が上手い。

「よかった!それじゃ、一ノ瀬さんの今日の晩ご飯は私が作りますね!」
 満面の笑みで拳を作るヒトミに笑って、持っていた荷物を足元に降ろす。
「俺も手伝おう」
「えっ…でも、これは…」
「俺がしたいんだ」
 俺の言葉に少し考え込んで、やがてにっこりと笑った。
「それじゃ、お願いします」
 嬉しそうに持って来ていたらしいエプロンを付けるヒトミに笑う。

 何かをもらうよりも、お前といることがなによりの幸せなんだ。
 …まぁ、本人に言うつもりはないがな。


 とりあえず。

 そのセンスの悪いエプロンをどうにかしろ。






  バレンタインネタ。3月に書いたけど!!乙女のイベントに疎くてすいません(土下座)
  敢えてギャグにしようと思ったんですが…玉砕!
  ヒトミちゃんのセンスの悪さはきっと一ノ瀬さんでも直せない(笑)

  ここまで読んで下さってありがとうございました。
  2008.03.24 修正・加筆