さあ。
 大好きな貴方に、心からの祝福を。


『わざわざインターホンを押さずに渡した合鍵を使えばいいだろうに』
 以前、そう言った彼の言葉を思い出しながら、慎重に鍵を回す。
 恐る恐る部屋に入っても彼が出て来ないところを見ると、どうやら起きてないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
(でも、もう10時なのに起きて来ないなんて…。疲れてるのかな…一ノ瀬さん…)
 ここ最近は彼の大学の関係で時間がなく、あまり会えなかったことを思い出す。
(…うん!今日はやっぱりそうしよう!)
 そう自分の考えに頷いて、ヒトミは腕まくりを始めた。


「あっ!おはようございます、一ノ瀬さん!コーヒー容れましょうか?」
「……………は?」
 自室から出て来た蓮は目の前の光景に眉を顰(しか)めた。
 今日はヒトミと出掛ける予定で、時間にはまだ余裕があるはず…なのだが。
 キッチンで、何故かヒトミがにこにこと笑っている。
「あの…合鍵使わせてもらっちゃいました」
「ん?あぁ、別に構わない。その為に渡したものだからな」
 ヒトミの言葉に当たり前のように答えれば、彼女はよかった〜と安心したように呟いた。
「それよりヒトミ。約束の時間にはまだ先じゃなかったか?」
「あっ!それなんですけど」
 とりあえず新聞を持ってソファに座ると、それに気付いたヒトミも隣りに座ってにっこり笑う。

「今日は家でゆっくりしましょう!」
「何?」
 彼女の思わぬ言葉に眉をひそめる。
「急にどうかしたのか?お前楽しみにしてただろう」
「そうですけど…。でも、一ノ瀬さん疲れてますよね?」
 首を傾げる彼女の言葉に僅かに目を見開いた。
 ――確かに最近は忙しかった。
 特別講義や家の用が狙ったかのようにここ数日集中していたし、特に今日の時間を空ける為、昨日はほどんど寝ていない。
 だが、何故彼女に分かったのだろうか。
「…そんなことはない。お前に心配されなくても自分の体調管理くらい出来ている」
 普段通りそう素っ気なく答える。
 いつもなら、「そ、そうですけど…」と彼女が言葉を濁してその話題は終わり。――なのだが。
「…一ノ瀬さん」
 ヒトミのきりっとした声が部屋に響く。…怒気を含んでいるような気がするのは俺の気のせいではないだろう。
「それ、本気で言ってるなら怒りますよ」
「………」
 その気迫に思わず口を閉ざしてしまった。
「体調が悪い一ノ瀬さんに無理して遊びに連れて行ってもらっても、全然嬉しくないです」
 それに、と続ける。
「今日は一ノ瀬さんの誕生日なんですから。主役が無理したら元も子もないんですよ?」

 ――そう、今日は蓮の誕生日。
 当然というか…誕生日を迎える当人より彼女の方が楽しみにしていて1週間前からそわそわしていた(本人は隠してるつもりだろうが)
 そんな彼女を近くで見ていたら、自分の為――というより楽しみにしている彼女の為にどこが出掛けてみようと思うものだろう。
 それなのに、俺の体調管理が不十分で全て白紙に戻さなければならないのが不甲斐ない。
 なにより楽しみにしてくれていた彼女に申し訳がなかった。

「…一ノ瀬さん。私、どこか行けるから嬉しかったんじゃないですよ?」
 そんな俺に気付いたのかヒトミはくすっと笑って、いいじゃないですか、と続けた。
「部屋でゆっくり過ごす誕生日があっても。私ケーキ作ります」
 本当は今日は出掛ける予定だったから明日作ろうと思ってたのだけど、誕生日ケーキだもの。やっぱり当日に食べてもらいたい。
「レストランとか…お店で出るケーキほど立派には作れませんけど」
 あははと少し困ったように笑うヒトミに再び眉をひそめる。何を言ってるんだこいつは。
「そんなことは気にしなくてい…」
 そう言いかけて、はっと口を紡ぐ。しかし時すでに遅しで。ヒトミは少し驚いた顔をした後、嬉しそうにえへへと笑った。
 …あぁ、また彼女のペース。こうなったらもう仕方がない。
 蓮は小さく溜息をついて、頭の中の今日のスケジュールを消した。

「…もう少し、我侭を言ったらどうだ」
 手元の新聞から目を離して呟くように言うと、ちょうどコーヒーをテーブルに置いた彼女は「え?」と首を傾げた。
「私、我侭だらけですよ?だって、一ノ瀬さん疲れてるのに帰らないじゃないですか」
 そう悪戯っ子のように笑うヒトミに、――まただ、と心の中で呟く。
 ヒトミはきっと気付いていないのだろう。彼女の優しさに、俺がどんなに救われているかなんて――…。

「…一ノ瀬さん」
 そう考えを巡らせていた俺がその声に新聞から目を上げると、目の前に彼女の顔があった。
「お誕生日おめでとうございます」
 にっこりと笑って続ける。
「生まれて来てくれて、私と出会ってくれて、一緒にいてくれて…。ありがとうございます」
「…ヒトミ…」
「一ノ瀬さんが生まれた大切な日を、こうして一緒に過ごせて嬉しいです」
 オペラや高級レストランに行かなくても、…例えば河川敷をただ散歩したり、どこにも出掛けなくたって。
「貴方と一緒なら、どこだって幸せなんです」
 そう、ヒトミは本当に幸せそうに笑って。

「大好きです、一ノ瀬さん」

 そしてプレゼントは愛しい人からの短い、けれど甘いキスで。
 彼女からのキスは稀で、俺は多分呆気にとられた顔をしてただろう(我ながら少し情けないが)
「や、やっぱりちょっと照れますね。えと…あ、コ、コーヒーのおかわりとか…「…いらん」
 その言葉を遮って、真っ赤なままキッチンへと向かおうとする彼女の腕を引き寄せてもう一度あまいプレゼントへとゆっくりと口付けた。


「あっ!一ノ瀬さん、あとでプレゼント貰って下さいね!」
 思い出したようにぽんっと手を叩く(まだ頬の赤い)恋人を見遣る。
 ――プレゼント、ね。
「…それならもう貰ったが」
「え!?まだ渡してないですよ!?」
 腕の中で首を傾げる彼女にふっと笑う。

 きっと、実家には起業家や一ノ瀬の取引先から馬鹿みたいにプレゼントやバースデーカードが山のように届いているだろう。
 けれど、高価なプレゼントの山も、社交辞令だらけのバースデーカードも。
 お前が焼いてくれたケーキや、俺を思いながら選んでくれたプレゼントの足元にも及ばない。


 なにより。
 隣りにお前がいることが、何にも代え難いプレゼントだからな。






  一ノ瀬さんハピバ!大遅刻してすいません!(ジャンピング土下座)
  あまいプレゼント=ヒトミちゃんみたいなね!!ヒトミちゃんからちゅーとか…めっさ可愛いと思います(真顔)
  一ノ瀬さんは自分の誕生日に関心がなくて、ヒトミちゃんがわくわくそわそわしてるから、そういえば誕生日だったな…ぐらいに思ってればいいと思います。
  自分の為というより、わくわくしてるヒトミちゃんの為にレストラン予約したり、オペラ予約してればいい!
  のせさんの誕生日だし、いちょいちょラブラブが書きたかった!

  ここまで読んで下さってありがとうございました。
  2010.04.18