「一ノ瀬さん、このお菓子どうぞ」
「……」
「このコーヒー、駅前で有名なお店のやつなんですよ。容れますね!」
「……」
「あ、本ですか?私取りますから座ってて下さい!どれですか?」
「……おい」
 いそいそと本棚へ向かうヒトミにようやく蓮は口を開いた。


「はい?」
「一体何の真似だ」
 俺は病人か。
 蓮は(何故か)甲斐甲斐しく世話をしている彼女を怪訝そうに見遣った(ちなみに俺は健康そのものだ)

「え?何の真似って…言いませんでしたか?」
 ヒトミはきょとんとして首を傾げている。
「何を」
「ハッピーバレンタインって」
「……言ってたな」
 ドアを開けるとにこにこしながら彼女がそう言ったので、今日はバレンタインデーだと思い出した訳だが(それは黙っておく)
「ね?」
「…いや、それとどういう関係がある」
 その一言でこの状況の説明は全く出来てないんだが。
「大体、バレンタインは一般的にチョコレートを配る日じゃないのか?」
 (当然だが)バレンタインは俺はヒトミからしか受け取っておらず、大学の友人には「この贅沢者めー!」と色々言われている。
「…えと、それなんですけど…」
「ん?」
 蓮の言葉にヒトミは申し訳なさそうに切り出した。
「その…実は昨日チョコを作るのに失敗しちゃって。今日持って来れないんです…」
「そうなのか」
「すいません…明日には持って来ますから」
「うぅ…どこで分量間違えちゃったんだろう…」とぶつぶつ呟く彼女に気付かれないように笑う。
 もちろんチョコレートを期待していなかったと言えば嘘になるが、それでもこの光景を見て文句なんて言える訳がない(言う気もなかったが)

「………で?」
「はい?」
「それで、どうして『これ』なんだ?」
『これ』とはもちろん、甲斐甲斐しく世話をされているこの状態。
「あ、えーっと、チョコの代わりじゃないですけど……、その、今日は一ノ瀬さんを甘えてもらおうかと……」
「…………」
 「チョコだけに」と小さく聞こえた言葉に思わず溜息が出るのは…仕方ないというものだろう。

「えーっと、そういう訳なので!はい、どうぞ」
 にこにこ笑う彼女と差し出された膝を交互に見遣る。
「……なんだ」
 怪訝そうに尋ねる蓮ににっこりと笑って。
「膝枕してあげます」
「断る。」
「遠慮しないで下さい」
「遠慮じゃない。」
 ヒトミはその言葉ににっこりと笑ったまま。
「はい、どうぞ」
 ぽんぽんっと自分の膝を叩く。
 ……こうなった彼女は、頑固だ。きっと俺が膝枕するまでにこにこ笑って膝を差し出しているのだろう。
 それを知っている蓮は、はぁ…と溜息を一つついて彼女の膝へ頭を落とした。
(そういえば、昨日はあまり寝てないんだったな…)
 頭を落とした瞬間、体が重いことに気付き、今日徹夜していたことを思い出す。昨日の講義の後に教授から急に論文を頼まれ、しかもそれの提出日が今日の朝だった為、否応なく徹夜で仕上げたのだ。

「……」
(…ん?)
 不意に上から視線を感じた蓮はヒトミを見遣った。
「……なんだ」
「あっ!えっと…あの、髪触っていいですか?」
「は?髪?」
 突拍子もない言葉に眉をひそめる(いつものことなのであまり気にしないが)
「別に構わないが…」
「わぁ!ありがとうございます!」
 ヒトミは嬉しそうに蓮の髪に触れた。
「わぁ……分かってたけど私よりさらさら……。ずるい……」
 ぶつぶつ言いながらヒトミがさらさらと髪を撫でる。その優しい手の動きが心地いい。
「なんでこんなにさらさらなんだろ…うーん……シャンプーかなぁ…?」
 音楽など滅多に流さない蓮の部屋。
 ヒトミの(訳の分からない)独り言がBGMになっているが、当の本人は気付いていないらしい。
 鼻孔を微かにくすぐるのは彼女の香り。

 心地いい感触と、甘い香りにゆっくりと目を閉じた。

(…あれ?妙に静かだな…?)
 不思議に思い、膝の上の恋人をそっと覗き込むと綺麗な赤みがたった褐色の瞳は閉じられている。
(ね、寝てる…?珍しい…)
 ふとデスクに目を遣れば、几帳面の彼らしくなく散らかっていた。
(…もしかして、今日徹夜だった……とか?)
 きっと、そうだとしても彼は言わない。例えヒトミが聞いても「そんなことはない」の一点張りだろう。
(…あ、邪魔しちゃってるかな?)
 意識を向けたのは彼を髪を撫でている自分の手。
 さらさらしてて、気持ちいいんだけど…。
 そう考えて彼の髪を撫でていた手を止めると、ふっと蓮が目を開いた。
「あ。こういうの気が散っちゃいますよね?すいませ…」
 そう言って離そうとした手を彼に掴まれた。
「いや…そのままでいい」
「え?」
「…落ち着くんだ」
「……」
 ヒトミは少し驚いたように瞬きを数回して、「ありがとうございます」と笑った。

「…ふふっ。甘えてくれる一ノ瀬さん、ちょっと可愛いです」
「……うるさい」
 嬉しそうに笑うヒトミを軽く睨んで目を閉じると、待ってましたとばかりに睡魔が襲って来る。


 ぼんやりとした意識の中、「甘えてくれて嬉しいんですよ?」と嬉しそうなヒトミの声が聞こえた気がした。






  まさかのバレンタインです。遅過ぎにも程が……(お前だ)
  本当はもうちょっといちょいちょさせてたんですが、いつもちゅーしてたので今回はなしにしてみた(笑)でもおさわりはあり!
  膝枕はロマン!一ノ瀬さんはちょっとドキドキしてればよいよ!

  ここまで読んで下さってありがとうございました。
  2009.04.20