「出掛けるぞ。さっさと来い」
「いっ、一ノ瀬さん!?」
大晦日の夜。
覗いた窓から見えたのは、コートに身を包んだ恋人の姿。

「……」
(……長い)
早々に参拝を終えた蓮はとりあえず境内から離れ、必死に手を合わせている彼女を観察する。
…まるで呪いでもかけているかのような気迫なのは、気のせいだろうか。
「…あれっ?」
目を開けると隣りにいたはずの恋人の姿が見えず、ヒトミはきょろきょろと辺りを見回す。
そして離れた場所で自分を怪訝そうに凝視している蓮に気付いて、慌てて彼の元へと走った。
「一ノ瀬さん、もう終わってたんですか!?」
「俺は神頼みはしないからな。そんなものに頼るくらいなら、自分で叶える為の努力をする方が何倍も効率がいいだろう」
「そ、それはそうですけど…」
それを言ったら元も子もないような気がする。
初詣で神頼みを『そんなもの』呼ばわりするなんて、この場にいる人の中できっと彼ぐらいだろう。
「お前は随分と長かったようだが…」
「ぅえ!?」
「………」
いきなりのピンポイントに咄嗟に変な声が出てしまった。
怪しまれるかも…だ、大丈夫だよね!?バレてないわよね!?
「そっそうですか?」
「…そういえば、お前こういうイベント好きなくせに何で俺を誘わなかったんだ?」
――そう。ヒトミは当初、一人で初詣に出掛けるつもりだったのだ(多分、彼女の兄は付いて来る気だったろうが)
それをどこで知ったのか、蓮がヒトミを誘ったのだが。
「それは…」
「…まぁ、お前のことだ。どうせ試験前の俺に気を遣ったんだろうが、初詣くらいで俺が単位を落とすとでも?」
不敵に笑う彼に「そ…そうなんですけど…」と口の中で呟く。
もちろん初詣に誘ったとしても、彼が単位を落とすなんてことは…それこそ微塵も思っていなかったけれど。
「でも、私の我侭で一ノ瀬さんの邪魔をしたくなかったんです」
きっとどんなに忙しくても、優しい貴方は私との時間を作ってくれるって分かってたから。
「…」
ヒトミの言葉を聞いた蓮は僅かに目を見開いて、溜息をついた。
「あ、あれ?一ノ瀬さん??」
首を傾げながら俺の目の前で手を振る彼女の袖がひらひらと揺れて、あぁそういえばと呟く。
「晴れ着、着たんだな」
「あっ、はい」
久々の晴れ着だから、そうまじまじと見られたら妙に緊張してしまう(というか前は着る以前の問題だったんだけど…)
「せっかくだからって(泣きながら)お兄ちゃんが…。…えーっと、変ですか?」
「――いや…。そんなことはないが…」
そう言って、黙ってしまった一ノ瀬さん。時折ちらりとこちらを見て、深く溜息をついている。
(…似合ってなかった…かな?)
もしそうなら、私にしては気合いを入れたつもりだからショックだ。
「ヒトミ?」
「……なんでもないです…」
しょんぼりと肩を落として呟くヒトミに先ほどの質問のことだと気付いて、呆れたように笑う。
「何を勘違いしているのか知らないが、良く似合ってるぞ」
「え?本当ですか?!」
その言葉に食いつくヒトミに自分の考えは当たっていたと確信する。
「何故嘘を言う必要があるんだ」
「そ、そうですけど…、……えへへ」
嬉しそうに笑う彼女にしょうがないヤツだな、と笑う。
自分の言葉一つ一つにころころと表情が変わる彼女。
どうでもいいヤツなら面倒なことこの上ない(ただでさえ、きゃあきゃあと煩わしいヤツばかりなのに)
だが、ヒトミの忙しく変わる表情や落ち着きのない仕草ならいつまでも見ていて飽きない。
(――…しょうがないのは俺もだな)
隣りを歩く彼女に気付かれないように、自分の思考に苦笑した。
ひとしきり出店を巡り、隣りでたこ焼きを嬉しそうに頬張る彼女を見遣って溜息をつく。
「……で?」
ピタリと足を止めて振り返る恋人につられて、思わずヒトミも足を止める。
「ふえ?」
「他に俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」
蓮の言葉にぎくっと固まってしまう(思わずたこ焼きを吹き出しそうになって、慌てて飲み込んだ)
「な、何のことですか?」
「朝っぱらから(いつもより)ずっと落ち着きがないし、さっきの参拝でも熱心に祈ってただろう」
やっぱりバレてたの!?バレてないと思ってたのに!!
「…べ、別に何も…」
「何もないならそんなに挙動不審になることはないだろう」
「う…!だっだって私の我侭だし…!」
「我侭かどうかは俺が決める」
さっさと言えというオーラを出す蓮に、ヒトミは覚悟を決めたように一瞬ぎゅっと目を瞑って口を開いた。
「…っ手、を」
「手?」
「…手を繋ぎたいなぁ…なんて…」
「………」
彼女の言う、『我侭』につい呆然としてしまった。
「むっ無理なら全然いいんです!ただ、手を繋いだことってあんまりないなぁって思っただけなので!」
俺の無言を拒絶と勘違いしたのか、ヒトミは真っ赤な顔で手をブンブンと振っている。
(どこが我侭だ…)
初詣に誘うことや、手を繋ぐことを我侭だと思っていたのか、彼女は。
思わずくつりと笑ってしまい、また勘違いしたらしい彼女はひどい!と頬を膨らませた。
相変わらず忙しいヤツだな。
「そんなことを悩んでいたのか、お前は」
「そっそんなことって…!だって…っ」
「少なくとも俺にとっては我侭じゃないな」
手を繋ぎたい、なんて。そんなのは可愛いお願いにしか聞こえない。
「どうせなら俺が困るような我侭でも言ってみろよ」
ふっと笑って行き場を失くしていた手を握ると、ヒトミは一瞬驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに笑った。
そんな中、響き渡るのはカウントダウンの声。数人が始めたはずのカウントダウンはいつの間にか人数を増やして大合唱になっている。
そして「ゼロー!」の声と共に響く神社の鐘の音。
「あっ!明けましておめでとうございます、一ノ瀬さん!今年もよろしくお願いします!」
「あぁ、おめでとう」
にっこりと笑う彼女への挨拶に自然と笑みが零れる。
「そういえば、一ノ瀬さんは何もお願いしなかったんですか?」
参拝に歩く恋人を見て思い出したのか首を傾げるヒトミに、ふむ…と少し思案して続ける。
「――願いごとはしてないな」
「え?願いごと以外って…何ですか?」
「…さあな」
ふっと笑って、繋いでいた手を引き寄せ唇を寄せた。
参拝していた短い時間。
神頼みの代わりに巡っていたのは一つの誓い。
―――来年のこの日も、隣りには真っ赤に俯くお前がいるように、なんて。
そんなのは神に願うことじゃないだろう?
まさかの正月ネタです。もう…4月だよ…?(分かってる)
本当はもっと色々アレな雰囲気を出そうと思ったんだけど、正月早々一ノ瀬さんは煩悩だらけなのかと思って止めました(それはお前だ)
一ノ瀬さんはヒトミちゃんとあんまり手を繋いでいるイメージがないです。別に手を繋ぐのが嫌いとかじゃなくて、エスコートしてそう(腰を抱いて歩いたりとか)
あと、一ノ瀬さんは神頼みとかおみくじとかしなさそうだけど、ヒトミちゃんが好きだからしょうがなく付き合ってくれます。
新年だからいつもよりオープンに優しい。三が日過ぎたらちょっと意地悪な一ノ瀬さんに戻ります(笑)
ここまで読んで下さってありがとうございました。
2010.04.11
