そうやって。
 貴方は私に優しい嘘をつく。


「神子殿」
 私の数歩前を無言で歩く神子殿に声をかけると、彼女は不思議そうに振り返った。
「…頼久さん」
「どうかなさいましたか?」
「いいえ?」
 にっこりと、そう笑われた。『いつもと同じ』ように。
 …辛そうな笑顔だと、そう思った。
「……逃げたい、ですか?…『龍神の神子』から」
 気付けば、そう尋ねていた。彼女は少し驚いた顔をして、首を振った。
「……いいえ。私が。…『龍神の神子』がやらないと、誰が怨霊から京を守るんですか?」

『龍神の神子』と。
 言い直した貴方が痛々しくて、目を伏せる。

「…大丈夫ですよ。それが、京に喚ばれた理由なんですから」
 まるで。そうではなくては自分の存在の意味などないのだと。
 そう言ってる気がした。
「…神子殿」
 顔を上げて神子殿を見る。
「はい?」
「…それが神子殿が選んだ道ならば、私は全力で神子殿をお助けする所存です」
 その言葉に偽りはない。例え、神子殿が私の主ではなくなったとしても、私は全力で彼女を助けるだろう。

「はい」
「ですが…」
 神子殿の手をそっととる。
 この、小さな手が支えるものはあまりに多く重いもので。私に出来ることなど何もないのかもしれない。
 だが。それでも。

「もし。…もしも、いつか。全てを投げ捨てて逃げたくなられましたら」
 ぎゅっと微かに握った手に力を入れる。
「どうか、この頼久もお連れ下さい」

 ―――先ほどの怨霊との戦いで、神子殿が怨霊を封印する、その瞬間。
「タ…ス……テ…」
 助けて、と。たった一言。
 その一言を聞いて、彼女は改めて気付いたように瞠目(どうもく)した。

 怨霊とは元は人だったのだ、と。

 貴方のされていることが『怨霊を救うこと』だと言われても、貴方自身もそう理解はしていても。
 心は別物で。
 きっと貴方は。自分を責めておられるのだろう。
 そんな貴方にかける言葉も見つからないのに、それでも貴方のお傍を離れたくないと。
 なんと、おこがましい願いか。そう、思っていても。
 願わずにはいられない。

「…ありがとう、頼久さん。…でも」しっかりと私を見据えて「私は逃げません」と続ける。
「神子ど「でも」
 神子殿は私の言葉を遮って、微かに続けた。
「…いつか…、………いつか、もし、私がそう思ったなら」
 ……傍に、いてくれますか?と。
 少しの雑音で聞こえないほどの小さな声で言う神子殿に、答える代わりに笑いかける。
 お傍にいたいと申し上げたのは私なのだから、と。
 でも。
「…ありがとうございます」
 神子殿が、微かに悲しいような嬉しいような、そんな風に笑って。

 気付いてしまった。
 この方は、全てを捨てる時、…誰も傍に置かないつもりなのだろうと。
 そして。
 その決心は決して揺らぐことはないのだと。
(だが)

 知ってしまった。
 (貴方が、私にとってどんなに大切なのかを)
 願ってしまった。
 (貴方と、離れたくないと)

「頼久さん?」
「…なんでもございません」
 それでも、貴方に笑う。
 …でなければ、きっと貴方は気に病んでしまうから。

 ―――あぁ。
 貴方の優しい嘘に気付かなければよかった。


 そうすれば。
 こんなにも貴方に笑いかけることを辛いと感じなかったのに。






  『泣きたい、気持ち』の頼久視点です。

  あかねは強い女の子だと思います。京の人々の命を背負ってるんですから。
  だからこそ、逃げてしまう時は京を救えない自分を許せなくて、そんな自分に八葉を付き合わせる価値があるとは思わない。
  頼久はだからこそあかねの傍にいたいけれど、それを全て口に出せない自分が歯がゆかったり。
  ちょっとでも切ない感じが出てたらいいな!

  ここまで読んで下さってありがとうございました。
  2007.12.06 修正・加筆